『ノルウェイの森』といえば、ビートルズの代表曲の一つであり、来春映画化予定の村上春樹の著作の一つです。
以前、マイミクかしこさんがレビューを書いてたのと、ICU DS夏合宿で『秒速5センチメートル』の話をしたのとで、
読み返してみたくなったので、帰省ついでに読み直しました。
以下、レビューですが、読んでない人にはさっぱりわからないと思います。
喪失感。
僕がこの本を読むたびに感じる感覚。
そして、永沢さんへの憧れ。
残念ながら、自分は彼ほど優秀ではないけれど、
必要以上に人生観に関して影響されていることを、
読み直して改めて感じました。
少しだけ引用。
上巻から
永沢さんはいくつかの相反する特質をきわめて極端なかたちであわせ持った男だった。彼は時として僕でさえ感動してしまいそうなくらい優しく、それと同時におそろしく底意地がわるかった。びっくりするほど高貴な精神を持ちあわせていると同時に、どうしようもない俗物だった。人々を率いて楽天的にどんどん前に進んで行きながら、その心は孤独に陰鬱な泥沼の底でのたうっていた。(中略)この男はこの男なりの地獄を抱えて生きているのだ。
下巻から
「俺とワタナベの似ているところはね、自分のことを他人に理解してほしいと思っていないところなんだ」と永沢さんが言った。「(中略)理解してもらわなくったってかまわないと思っているのさ。自分は自分で、他人は他人だって」
「そうなの?」とハツミさんが僕に訊いた。
「まさか」と僕は言った。「僕はそれほど強い人間じゃありませんよ。誰にも理解されなくていいと思っているわけじゃない。理解しあいたいと思う相手だっています。ただそれ以外の人々はある程度理解されなくても、まあこれは仕方ないだろうと思っているだけです。あきらめているんです。だから永沢さんの言うように理解されなくたってかまわないと思っているわけじゃありません」
「俺の言っているのも殆ど同じ意味だよ。(中略)遅いめの朝食と早いめの昼食の違いくらいしかないんだ。食べるものも同じで、食べる時間も同じで、ただ呼び方がちがうんだ」
中学生のとき、初めて『ノルウェイの森』を読んで、驚き、共感した。
主人公より、この永沢さんに。
そして意識的・無意識的に彼の思考をなぞっていたのが、多分自分の限界か。。
「理解すること」「理解しあおうとすること」「孤独であること」「自由であること」「前を向くこと」。
それぞれ得るものもあれば、失うものもある。
じゃあ、今から生き方を変える?
それもいいかもしれないけれど、果たして自分が本当にやりたいことはなんなのか。
改めて自分に問いかけ、考え直す。
きっと答えはそこにある。
道はどうあれ、動き出そう。
最後の一文。
「僕はどこでもない場所の真ん中から緑を呼び続けていた」
どこれもない場所であっても、前後はどうあれ、進むしかないのだから。
自分もちょうど読み返していました、偶然ですね(笑
しかし、自分は初めて読んだときから突撃隊の方に共感してました。あの力のなさに、平凡さに人間らしさに、自分を当てはめてました。
鴨とアヒルのコインロッカーの主人公に似たあの平凡さが好きだったり。
村上春樹の作品には必ず相応に好感の持てる凡人が出てくるのが村上春樹が好きな理由なんですよね。
今度ゆっくり村上話をしてみたいです!
> カウンターアタックさん
まったくもって、偶然ですね。
ノルウェイの森は登場人物は決して多くないのに、
魅力的な人物が多いですよね。
僕がノルウェイの森と初めて触れ合ったのは中学受験の際の、
国語の問題集に出ていたシーンですが、
ちょうど突撃隊の蛍に関するシーンだったのを覚えてます。
鴨とアヒルは評判も良いので、今度読んでみます。
せっかく東京に戻られたことだし、是非村上話をしたいです。
意外に集まる人、多そうな気がします。
でも、最近の村上本は読んでないんですよね。。。